Hunt Dress Tailcoat

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Hunt Dress Tailcoat (ハントドレス テイルコート)
1870年フランス 狩猟舞踏会で着用するスーツです





1870年フランス
【ハントドレス テイルコート 実物】



【 ハントドレス テイルコート 衣服標本 】




燕尾服といえば真っ黒が主流ですが、鮮やかな色を纏う燕尾服があります

貴族の社交である狩猟のあとに催される、狩猟舞踏会「Hunt Ball」で着用するための特別な燕尾服がハントドレス テイルコートです

ハントドレスとは狩猟の正装
テイルコートとは燕尾服を指します




この絵画は、「アメリカから来たパリジャン」と呼ばれ、フランスで活躍した画家ジュリアス・ルブラン・ステュワートが描いた狩猟舞踏会の一幕です
赤色(スカーレット)の燕尾服は特に人気で、キツネ狩りの伝統色として今もなお根付いています




私が手に入れた1着は、ほのかに紫がかった濃紺色のハントドレス テイルコートです
衿にはボルドー色のベルベットが縫い付けられ、華やかに仕立てられています




私が仕立てたハントドレスは、ボディにはチャコールグレーの落ち着いた色を使い、衿とカフスの艶やかなボルドーを惹き立てました


バックスタイルには、コーチマンズ(使用人)の証であるソードフラップを取り入れました
主人と使用人のデザインの違いは下部で紹介しています



ぴったりと身体にフィットした設計になっています

肩や背中は身体に吸い付くようなフィット感ですが、しっかりと造形的につくられており窮屈感は少ないです

肩幅の寸法だけをみると小さく感じるかもしれませんが、ご安心ください
ちゃんと着られるようになっています

肩幅よりも「胸囲」を基準に選ばれることをお勧めします

まずは、ご自身の胸囲にメジャーを当てて、ヌード寸法を出してみてください
胸囲のヌード寸法から「+12~14cm」前後のサイズを選ぶのがオススメです

例えば、ヌードサイズが83cmの場合は、サイズ1または2
92cmの場合は、サイズ3または4
100cmの場合は、サイズ5または6がピッタリになります

サイズ選びで迷った時は、問い合わせフォームよりお気軽にご連絡ください






身体にフィットした美しい造形
構築された胸の厚みと、狩猟に適した袖の曲線


特にバックスタイルの曲線は極めて美しいです
肩甲骨の厚み、ウエストの絞り、流れ落ちるテイル
すべてが自然に繋がって、美しいS字を描きます


真横からみると、当時の造形美がより際立ちます
現代の衣服とは一線を画す色気のあるシルエットになっています



【 拝み釦 】

燕尾服は、拝み釦(おがみぼたん)を使ってフロントを留めます

通常の洋服のように、左右の身頃を重ねて釦留めするのではありません
釦同士を糸で繋いだ「拝み釦」を、フロント両端に開けたホールに通して開閉します

【 拝み釦 】

金属チェーンで繋いだ装飾的な拝み釦もあります
装飾性を重視する場合は、わざとチェーンを長めに付けて、コートの隙間からチェーンが目立つようにします




上の写真は、2着の燕尾服を重ねたものです
左が「シティの舞踏会」で着るもの、右が「カントリーの狩猟舞踏会」で着るものです

ここからは、シティとカントリーの細かなデザインの差異を詳しく紹介していきます


まずは、ロンドンのV&Aコレクションのハントドレス テイルコートを見てみましょう
定番のスカーレットだけはなくネイビー色のものが紹介されています
所属するクラブによって、緑や黄色など指定のドレスコードカラーが存在します



【 通常の燕尾服 1920年フランス 】

真っ黒な燕尾服はシティで催される舞踏会で着用します
ハントドレスとの最大の違いは「色」であることは間違いありませんが、より細部に注目し観察してみましょう



【 動物釦 】

ハントドレス テイルコートには、目を愉しませてくれる凝った意匠の釦が付きます
私が所有する1870年フランスのハントドレスには「キツネの顔」が造形されていました
獲物となる動物をモチーフにした動物釦は、鹿や猪や雉などさまざまなデザインが存在します



【 動物釦 】

こちらは、突進する猪が造形された釦
真鍮できており、とても重みのある釦です
ecoute a la tete「知性で聴く/頭脳明晰」と書かれています



【 イニシャル釦 】

動物釦の他に、イニシャル釦が付く場合も多いです
こちらは1900年イギリスのコートです
所属するクラブや、貴族のイニシャルが刻印されます

通常の燕尾服は、黒色のくるみ釦が付く場合がほとんどです
真鍮の動物釦やイニシャル釦が付くのは狩猟服には欠かせないポイントです



【 本切羽 】

開閉する袖口を、日本では本切羽(ほんせっぱ)と呼びます
このつくりも狩猟服独自のディテールです

19世紀末イギリスの仕立て屋の指南書には、「通常の燕尾服は本切羽にはしないと」書いてあります
私も数多くの実物を見てきましたが、本切羽になっているのは狩猟用か使用人用の服である場合がほとんどです



【 インナーカフ 】

さらに狩猟服で見られるディテールに「インナーカフ」があります
本切羽の袖口をめくると、手首部分にだけ、もうひとつカフスが隠されているのです
先端にはエラスティックが仕込まれており、キュッと絞られています
これは防風性を高めるのに効果的な仕様でした



【 通常の燕尾服の袖口とくるみ釦 】

左1920年、右1910年
19世紀半ばから、シティの紳士服は全般がこのような袖口になります
開閉構造はなく、釦が付いている場合でもただの飾り釦となっています



【 お尻の表側に隠されたポケット 】

お尻のポケットは紳士服の伝統的な仕立てであり、「プレイトポケット」と呼ばれます
手袋などを入れるために設けられ、18世紀末から存在しています

狩猟服においては上記画像の通り、お尻の表側にあるプリーツの奥に、隠すように配置します
通常の燕尾服などでは表側ではなく裏側に付けるのが普通です



【 お尻の表側に隠されたポケット 】

元々は狩猟服に付いていたプレイトポケットを、シティの貴族が真似をして取り入れたのが始まりとされます
なので、19世紀初頭の非常に古い燕尾服などには、シティ用でも表側にポケットが付いている場合があります
19世紀半ばごろから、シティ用のみ裏側に移動していきます



【 裏側に移動したポケット 】

現代のリクルートスーツにも受け継がれている、画一的で地味なスーツデザインは19世紀初頭から始まります
シティの貴族は、カントリーの狩猟貴族のスタイルを取り入れつつも、新古典主義の自然回帰への潮流に合わせ、表層のデザインを削っていきました

鮮やかな色を捨て、動物釦を廃し、カフスを閉じて、ポケットを裏側にするのです

結果、これらがシティで着るかカントリーで着るかの明確な違いになっていきます
舞踏会がどこで催されるかによって、用意する燕尾服も変えなければいけません



そして、ここからは貴族と使用人のデザインの差異を紹介していきます


この、私が製作したハントドレス テイルコートは、実は「使用人用」のデザインにしています
なので正しい名称は「ハントドレス コーチマンズ テイルコート」になります

一体どこが使用人用のデザインなのかと言うと・・・お尻です



【 使用人用の燕尾服 】

お尻に装飾用の飾り釦が、12個も付くのです
また、釦の他にも「ソードフラップ」と呼ばれる前世紀の貴族が取り入れたディテールも縫い付けられています


【 1920年イギリス 狩猟舞踏会で着用する使用人の燕尾服 】

これが当時の実物「ハントドレス コーチマンズ テイルコート」です
お尻に付く大量の釦が、否応なしに目を惹きますね



【 ソードフラップ 】

重要なのは釦だけではありません
お尻の両脇に縫い付けられた、縦長のギザギザした装飾「ソードフラップ」も、使用人用の燕尾服であることを強く主張します

【 ソードフラップ 実物 】

現代の感覚でみると、装飾性が高いので貴族の服に見えてしまいがちです
しかし、19世紀ヴィクトリア朝の紳士服においては「主人ほど地味、召使いほど派手」という、18世紀ロココ朝とは真逆の美意識になっていることを忘れてはいけません



【1901年 バトラーとコーチマン】

右が最上級の男性使用人 バトラー(執事)
他二名がコーチマン(給仕係)です
中央にいるボルドー色のコーチマンの、お尻に注目してください
ソードフラップに縁取りをして、装飾性を高めているのが確認できます




女性の使用人よりもお金の掛かる、男性使用人を多く雇うことは、貴族にとってのステータスでした
お尻の飾り釦も、自身の富を誇示する男性使用人を惹き立てるために必要だったのです

普段は地味な服装のコーチマンですが、狩猟舞踏会のときに限っては、派手な色味の燕尾服を纏い着飾りました



【 動物釦 】

狩猟舞踏会ですので、釦はすべて動物釦になります
こちらは鹿のモチーフですね

素材は真鍮で重みがあるので、これが12個もお尻に縫い付けられると、中々の重量になります



【 イニシャル釦 】

普段着る使用人用の燕尾服には、仕える貴族のイニシャルが刻印された釦や、クラウン釦と呼ばれる王冠マークの釦が付きます

イニシャルや王冠に傷をつけるわけにはいきませんので、「美しく立ってろよ」と含みを持たせたディテールです
事実、コーチマンは四六時中立っているのが仕事です

長い時間をかけるディナーでは、壁際にピシッと背筋を伸ばして控えており、「自ら目を合わせるのはダブーだが、主人の目配せには瞬時に対応する」という高度な技術が求められます



【 本切羽 】

開閉する袖口である本切羽も、使用人ならではのディテールです
前述したシティかカントリーかの差異でも、この袖口について触れましたので今一度、整理します

貴族
通常→開閉しない
狩猟→開閉する
使用人
通常→開閉する
狩猟→開閉する

このようになります

労働者階級である使用人は、如何なる場合も開閉する構造になっており、労働とは無縁の貴族は開閉しないのがポピュラーということです



【 バトラーのユニフォーム 】

男性使用人のなかでも、最高ランクに位置づけられるバトラー(執事)は、他の使用人と違い「お仕着せ」を強要されません
主人と同じ服装をして良いのです

しかし、1点だけ必要なのが「本切羽」なのです
19世紀末イギリスの仕立て屋の指南書には、「執事に限り、主人と同じ仕立てで良いが、袖口だけは2つの釦とホールを開ける」と書かれています

袖口、つまるとこ「手首」とは、階級を誇示する重要な部位になります



【 ロココの手首 】

「手首の装飾」というものは18世紀のロココ朝から、特権階級にのみ許された貴族の証でした
刺繍が施された巨大なカフスや、繊細なレースを手首に纏うことは労働とは無縁であることへのアピールです

19世紀ヴィクトリア朝において、華美な装飾は廃れましたが、この美意識は継承され「袖口は開閉しない」というデザインに着地したのでしょう
開閉する袖口は、労働の証なのです




以上が、貴族と使用人のデザインの違いでした

私がつくったハントドレス テイルコートには、お尻に「ソードフラップと飾り釦」が付いているので、使用人スタイルということになるのです




貴族スタイルであれば、上記のように飾り釦やソードフラップは付けずに、シンプルなお尻にデザインすると良いでしょう

販売する型紙には、ソードフラップの線も入れてあります
お好みでアレンジをお楽しみください




ハントドレス テイルコートは、半・分解展の型紙のなかで、最も高難易度だと思います
私も型紙を製作するのに長い時間が掛かりました

しかし、美しい造形は正に一級品です
19世紀紳士服の造形美を堪能するのに、これ以上の型紙はないと断言できます

本物を求めるマニアックな方の挑戦をお待ちしております
情熱こそが、完成への最短距離です

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