Visite short

| |




Visite short(ヴィジット ショート)
1892年イギリス ヴィクトリア朝後期、淑女が羽織った不思議な構造の衣服です








【 ヴィジット ショート丈 】

参考にした当時の製図書にはFlorence Dolman(フィレンツェドルマン)モデルと名付けられています

イギリス文化に根付く「ツーリズム=観光」の訪問先としてイタリアは人気でした
また、お金持ちの貴族たちは自身の跡継ぎの教養を高めるべくパリやイタリアに息子を送らせました(大抵はそこで " 遊び " を覚えて帰ってきます)

このショート丈のヴィジットはウエストの締め付けも少ないため、ツーリズムに適したデザインだったのでしょう
旅行着として申し分ない1着です

真横から見たときの「S字」を描く造形美は、ヴィクトリア朝ならではの美しさです


Visite(ヴィジット)の名称は、他の旧き衣服同様に多数存在します
ヴィジットと表記するのは主に日本が中心で、海外の美術館では「ドルマン」の表記がポピュラーです

当時の技術書には「ドルマン」や「ラップ」の表記が多く、アンティーク専門のディーラーたちは「ヴィクトリアン・ドルマン」または「ヴィクトリアン・ケープ」や「ヴィクトリアン・クローク」と呼びます

しかし、ドルマンの名称は多くの衣服を包括するために、半・分解展では「ヴィジット」と統一して表記します

そして、今回紹介するヴィジットは19世紀末に流行した、お尻を膨らます「バッスル スタイル」のヴィジットです


海の天使とも呼ばれる「クリオネ」に見えてしまうのは私だけでしょうか?
それくらい愛らしい造形をしています


袖をどかして身頃を見てみるとウエストの絞りがなく、ゆったりとしたAラインの設計であることがわかります







ヴィジットは肩幅が小さめのつくりですが、ご安心ください。
肩幅を補填するために、特殊な構造の袖になっているので、ちゃんと着られます。

サイズを選びの基準として「胸囲のヌード寸法」が参考値になります。
まずは、ご自身の胸囲にメジャーを当てて、ヌード寸法を出してみてください。

例えば、あなたのヌード寸法が83cmの場合は、サイズ1または2
91cmの場合は、サイズ3または4
101cmの場合は、サイズ5か6がぴったりになります。
着用画像や動画を参考にサイズをお選びください。

サイズ選びで迷った時は、問い合わせフォームよりお気軽にご連絡ください。

下記、着用画像も参考にされてください



153cm女性
サイズ0着用
ジャストサイズです








この「丸みを帯びた後ろ姿」が本当にかわいいんです





袖は、ちょうどおヘソの上で重なるように設計されています
この位置が当時の女性の美しいセットポジションというわけです














170cm女性
サイズ0着用
少し小さめの着心地です















上記ヴィジットはすべてウールメルトン素材でつくりました
ここで「薄手のコットンローン素材」でつくった春夏用のヴィジットの作例も紹介します

布の落ち感など参考になれば幸いです

153cm女性
サイズ0着用
ジャストサイズです


ウエストポイントとして、リボンテープをあしらっています





向こう側が透けるくらいに薄い素材ですが、たっぷりとイセの入った袖ですので、ふんわりと丸みを帯びたヴィジットらしい造形は保たれています


こちらのヴィジットは、半・分解展の型紙を購入していただいたヨウさんが仕立てたものです
ヨウさんの作品はCreemaで購入できます



ダークカラーの生地でつくると、また引き締まった印象になりますね
こちらはグレーのメルトンウール素材です






そして、ヴィジットの縫い方動画も用意しました
縫製時の参考にされてください





【 1886年フランス ファッションプレート 】

19世紀において最新の流行を伝えるのは、マガザン・ド・ヌヴォテ(百貨店の前身)が発行するファッションプレートでした
当時のスタイルを研究するためには重要な資料となります

よく見ると、ヴィジットを着る女性が2名確認できます



【 黒いヴィジットを着た女性 】

ちょうど背面が描かれているため、お尻を盛り上げてつくる「バッスルスタイル」のシルエットがよく解ります



【 茶色のヴィジットを着た女性 】

こちらの女性は上下セットアップのスタイルです
一見するとヴィジットに見えないかもしれませんが、背中から生えている袖の構造に着目すればこれがヴィジットであることは間違いないでしょう



【1883年イギリス ファッションプレート】

1883年秋冬号で、流行のスタイルを紹介しています
女性のアウターページを見てみると、20着中12着がヴィジットです

他の号を見ても、ヴィジットが占める割合は非常に多いです



1892年イギリスの裁断書には、その人気ぶりを裏付けるかのように下記の文章が書かれます

「ここ数年の間に、ヴィジットの人気はレディス・ガーメントの中で重要な位置を占めている。暖かさと快適さの両方を兼ね備えているため、ヴィジットは今後も継続する可能性が高いであろう」

また、他の裁断書には

「もはや流行遅れとなってしまったショールをリメイクし、ヴィジットを製作する女性たちもいた」

なんてことも書いてありました


上記の赤いヴィジットは、メトロポリタンミュージアムが所蔵する、まさにショールをリメイクしてつくられたヴィジットです
当時、もっとも人気のあったインド製のショールが使われています

流行に遅れまいとショールをヴィジットに仕立て直した女性は悲しいかな・・・ヴィクトリア朝の終焉と共に、ヴィジット人気は嘘のように消えてなくなります



【 1880年代アメリカ ヴィジットの実物 】

私は、ヴィジットの研究と製作にあたり、ディーラーから数点の実物を購入しました
ヴィジットの最難関は、間違いなく「袖の構造」です

この袖は非常に興味深いのです
この袖を理解するためには実物が必要不可欠でした



背中からケープのように生えた袖が、湾曲して前面に繋がっていきます
ケープとテーラードスリーブと、そして「和服」が混じったような構造なのです


【 1891年アメリカ The Japanese sleeve 】


1891年アメリカの裁断書では、ヴィジットのことを「ジャパニーズ・スリーブ」と表記しています

年代も合わせて考えると、ヴィジット誕生の背景には、英仏万博におけるジャポニズムの影響が大きいのかもしれません

和服のデザインをオマージュして考案された衣服であると推測ができます


【 内袖のスリット 】

内袖側にスリットを設けるのがヴィジットの袖、最大の特徴です
このスリットを設けることで、運動量を確保していると考えられます
実際にあるとないでは、動きに大きく影響してきます



右から2番目が、製作した「ヴィジット ショート」
背中のS字カーブを強調するかのように描かれていますね



【 胸飾り ロシアンブレイド 】

胸には、同時期の軍服「ユサール」に見られる胸飾り「ロシアンブレイド」を取り入れました

19世紀初頭から、ナポレオン・ボナパルトの神話化された影響を受け、女性の服でも軍服のようにブレードをデザインとして取り入れられたものが多く確認できます



【 袖章 】

こちらもユサールの「オーストリアン・ノット」を模して製作しました
袖の中心に大胆に配置しています




首の後ろにも同様の装飾を設けています
こちらは少し小ぶりにしました




袖をめくり上げると身頃がみえてきます
ショートタイプには「ウエストの絞り」がありません
緩やかなフィットで着用し易い設計になっています



【 複雑怪奇な袖の構造 】

「ジャパニーズスリーブ」の異名を持つヴィジットの袖は、複雑な設計です

ヴィジット ショートはアームホールにたっぷりとゆとりが入っています
つまり、インナーに厚手のニットなどを着ても干渉することなく快適に着用することができます



【 複雑怪奇な袖の構造 】

袖は、背中側にまで浸食し、後身頃と一体構造になっています



【 内側から見たヴィジット 】

内側からみると、複雑な構造がよりわかります
袖が背中まで続いているので、身頃が袖の中を通って後身頃と縫い付けられます



【 内側から見たヴィジット 】

この変な構造のおかげ?で、袖下にはスリットが空きます
このスリットは、腕の運動量としても機能しています



【 内側から見たヴィジット 】

「A」の部分
「後細腹」と「後身頃」を1番最後に手縫いで留めます
当時のヴィジットも、ここは手縫いです
むしろ、ミシンで仕上げようとする方が難しいので、無難に手で縫い付けましょう

「B」の部分
ここまでが、内袖と縫われる位置です
後細腹には袖が付きません


まずはシンプルに「総裏」仕立てでつくりましょう
その方が始末が楽です
販売している型紙の「パーツセット」は、総裏仕立てになっています



【 1880年代のヴィジット 総裏仕立て 】

当時のヴィジットは、基本的に「総裏仕立て」が主流です
見返しもなく、すぐに裏地がくる「即裏」になっていることがほとんどです
そして、当時最新の素材であった「キルティング」を使い、防寒性を高めているのも特徴です



【 1880年代のヴィジット 総裏仕立て 】

大きなアームホールが確認できます
また、ウエストの絞りがないためか当時の特徴であるバッスルを強調させるための「ウエストベルト」が付いていません



【 1880年代のヴィジット 総裏仕立て 】

「A」の部分
やはり最後の工程で、細腹と後身頃を手縫いで留めています

「B」の部分
ここも、内袖が付いておらずスリットとして開いています





















「胸飾りなしver」もつくりました


半・分解展のヴィジット ショートをベースに、お好きにアレンジしてお愉しみください






ここからは、当時の実物を見ながら「ヴィジット」の特徴的なディテールを紹介して終わります






胸や背中につくのは無数の「ガラスビーズ」
歩く度に光を反射し、それはもう豪華に映ります
まるで「歩くミラーボール」です











【 揺れる装飾 】

歩く度に揺れ動く装飾は、ヴィジットの大きな特徴です

私の所有するヴィジットも「鈴の玉」が長く垂れており、ゆらゆらと動きキラキラと輝きます

「タッセル」が縫い付けられているヴィジットも多く存在します


【 揺れる装飾 】


【 リボンが付いた内ポケット 】

内ポケットの両端にリボン装飾がされているヴィジットが数多く存在します
(※右側のリボンがほつれて取れそうです)

装飾性の高いヴィジットだからこそ、内側にまで抜かりなくデザインされているのでしょうね




そして、この断崖絶壁S字カーブ
背中の造形美は一級品です




【1900年ごろ アメリカのヴィジット】


全身に刺繍された「小麦柄」が、否応なしに目を惹きます
豊作を願ってつくられたヴィジットなのかもしれません





このヴィジットは、構造にひとクセがあり興味深いのです


なんと、細腹(脇のパーツ)がなく「左右の前身頃をゴムで繋いでいる」のです
こうすることで抜群に着心地がよくなります

いやはや、この仕様を見たときは思わず膝を打ってしまいました
流石アメリカです


内袖も身頃に縫い付けることはなく、ゴムで外袖の裏地に留めつけています
どこまでも合理的かつ効率的に仕上げられています
これなら縫製の難しいヴィジットも簡単につくれますね


着用してみると、流石に迫力満点です


背面には、ちゃんとバッスルスタイルのゆとりがあり、裾が跳ね上がっています





「三角袖」は当時のヴィジットの袖としてポピュラーでした


内袖のゴムに注目


「すだれ」のようにずらりと並んだチャームは、ひとつひとつ手の込んだつくりです


裏地のつくりを見ると、左右の身頃をゴムが繋げていることが良くわかります



【1891年アメリカの製図書】

当時のアメリカの資料を調べてみると、ありました!
「ゴムバンドで製作するヴィジット」がちゃんと載っていたのです


製図をみても、確かに細腹は書かれていません
ゴムで繋ぐので不要なのですね



【1881年フランスの雑誌】

フリル装飾がふんだんに縫い付けられた華麗なヴィジットが載っています


こちらも1881年フランス
さまざまデザインのヴィジットが描かれています
背面まで抜かりないデザインです


1881年フランス


1875年フランス


半・分解展で販売しているヴィジットの型紙は3種類あります
今回紹介している「ヴィジット ショート」の他、「ヴィジット ロング」「クリノリン ヴィジット」です

同じヴィジットでもそれぞれに異なる個性があるので、つくる度にちがった発見があるでしょう
皆さんが仕立てるヴィジットを楽しみにしています




下記にヴィジットに関する過去Tweetを貼っておきます




人気の型紙